フォーニは背中にまたがったまま、ある一点を見つめていた。
いつも明るかった彼女の顔は、今も笑顔に包まれている。
「もう一度、探しに行こ?」
答えるより早く背に飛び乗り、フォーニはぎゅっと、毛皮を掴んで続けた。
「今日はきっと、見つかるから」
昨日に引き続き、二人の探し物の旅は、彼女の言葉とは裏腹に、なにも見つからず、
順調に過ぎていく。
いや……過ぎていくかに思われた。
フォーニが、行き先を示すまでは。
「次の角を、左に行ってみない?」
首だけ後ろに回し、フォーニと顔を合わせたが、彼女は「どうしたの?」とごく自然
に答えるだけで、その理由までは言わなかった。
今日になってからずっと感じている居心地の悪さに、気づかないふりをして、彼女の
言葉に従う。
「えっと……そこを今度は、右……かな」
声には、はっきりと迷いを滲ませながらも、指示は明確だった。
「どこに行くんだ?」
「探し物を、みつけに……」
何度か振り返りながら、フォーニに話しかけようとしたが、次第に言葉は少なくなっ
ていく。やがて、彼女だけが、目的地への道のりを示すためにしゃべり続けるだけとな
った。
「……着いたよ」
最後の彼女の言葉は、ほとんど耳に入っていなかった。
ここを、知っている。
細い通りを抜け、我々猫だけが通れる小さな茂みをかき分けて進んだ先には、大きな
公園があった。
その中央には、大きな樹が植えられていて、そのすぐ脇には、人間たちがくつろげる
ように、ベンチが置かれている。
そのベンチの上に寝転がり、少女と笑った日々を、克明に思い出した。
「覚えてる?」
緩やかな動きで振り返る。フォーニの顔に浮かんだ笑みが作り物であることが、今で
ははっきりとわかった。
「ああ……覚えている」
ゆっくりと歩を進める。一歩一歩進むたびに、記憶が蘇る。
「太陽の光が気持ち良かった」
今は雲に隠れて見えない太陽を、懐かしく思った。
「曇っているのが、残念だがな」
そういえば、あの少女は、この背に乗りたがっていたな。
そのとき、なんと言って答えたんだったかな?
――約束だよ。
笑い顔と、泣き顔が、交互に浮かぶ。
彼女はいつも笑い、いつも泣いていた。
「もうちょっとだけ、待っててね」
フォーニは、中央にそびえ立つ大きな樹の前で飛び降り、その根本にうずくまった。
何をしているかと覗き込むと、小さな手で、根本の土を掘り起こしていた。
「なにをしてるんだ?」
顔を上げず、動かしている手も止めず、フォーニは答える。
「……探し物」
違う。
「そんなものは、探してない」
フォーニの顔や手が、泥にまみれていく。
逃げ出したかった。だが、それもできない。
「見つかるよ……きっと」
やめろ。
声にならない声で、フォーニを止める。
しかし現実は、何も変わらない。
代わりに、フォーニを押しのけ、鋭くとがった爪で、ドロドロになった土を、掘り返
した。
やがて、爪の先が、なにかに触れた。
土でもなく、石でもない、柔らかな手ごたえ。
フォーニは、のろのろとした動作で、それを掴みあげた。錆びた金属が、カランと乾
いた音を立てる。
後ずさりしたが、自分でも嫌になるくらい、その動きは鈍かった。
彼女の手が首にゆっくりと回されるのを、どこか他人事のように、ぼんやりと見つめる。
その布きれが、首を締め付けた。その圧迫感は、不快であると同時に、どうしようも
ないくらいに、心地良かった。
「ソラーレ……良い名前だね」
――太陽って意味なんだよ。良い名前でしょう?
「違う」
――お日様の光、好きだもんね。
「……探していたのは、そんなものじゃない」
――今日からあなたは、わたしたちの家族だよ。
「……違った。捨てられたんじゃない」
声とともに、少女と、その両親の顔が鮮明に浮かんだ。
自分の名前を呼んでくれた、三人の人間たち。
――ずっと一緒だよ。
「そうだ……逃げ出したんだ」
耐えられなかった。
「あなたの探している人は……人たちは、もういないんだよ」
残酷な声が、無慈悲に響く。
力が、抜けていく。
「そして、あなたも……」
その言葉で、全てを認めた。
「……そうか」
ああ……そうだったのか。
「ソラーレ」
身体が、軽くなった気がする。
「良い名前だね」
フォーニは、囁くように繰り返す。
「……そうだな」
気づけば身体が、地面に横たわっていた。空を仰ぐと、こちらを見下ろすように俯く
フォーニの顔が見えた。
「ここから見上げる太陽が、好きだった」
そして、あの少女のことも。
「雨が降っているのが、少し残念だけどね」
フォーニの言葉に、疑問が浮かぶ。
「雨は、ずっと降ってたよ」
空から降り注ぐ透明な水の粒に、ようやく気がついた。しかし、それは身体をすり抜
けていくばかりで、どんな感触も残さなかった。
「でも……うん、そうだね。あなたには、晴れた空が似合ってるから……」
だが、彼女がそう言い終えるのとほぼ同時に、暖かな滴が、頬に落ちるのを確かに感
じとった。

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